狐・みさき

“俺も、一回、狐にだまされたことがある。“と哲治さん(時ノ寿の炭焼き名人)
は真顔で、記憶を手繰りよせながら言った。
 にわかには信じられない話で、“夢を見たということ?”と聴きなおすと“違う、本当だ!”
“昔(といっても昭和の初め)はよくだまされたもんだ“夢物語やつくり話ではないという。 
 “今は、人のほうが騙すからなー、狐もおとなしくなったもんだ!“と哲治さんはつぶやいた。

  哲治さんの顔をうかがっていると、嘘や茶化して言っているのでもなさそうだ、実際、哲治さんは見るからに、人のいい好々爺、だまして喜ぶ危言危行の人ではない。
 
 関東地方では、古来、狐が人に憑依すると信じれらていたいう、この場合の狐は、みさきと呼ばれ、森に居ついたさまよえる精霊のこと。
みさきとは、神の御先すなわち神の先駆けの意味で、神の降臨にさいし、その神の先頭に立つ位の低い神を指し、鳥獣の姿でとらえられていたようだ。
有名どころでは、Jリーグのキャラクターでもあるヤタガラスは神武天皇の東征を先導したと記紀にある。。
民族学者の谷川健一氏によれば、後年、みさきは憑き物や妖怪のように考えられ、さまよえる精霊として人々にタタリをする、ととらえられていたようだ。
 
しかし、これは神話と伝承の世界、哲治さんはやはり狐に憑依されたのだろうか。